富士山 – その歴史と信仰、そして楽しみ方

日本の最高峰・富士山。単に3,776メートルの高さを誇る山というだけでなく、裾野を広げて大地に鎮座するその姿は雄大かつ壮観で、古来から現代に至るまで、文学や芸術において富士は頻繁に題材とされてきた。富士山は現在も活動を行っている活火山でもある。

本州の中央部、静岡県と山梨県に跨がる富士山は、古代から日本人の信仰の対象であり、現在は登山客に人気な山でもある。ダイヤモンド富士や赤富士はとりわけ美しいとされており、死ぬまでに一度は見ておきたい景観に挙げられることも多い。

富士は古代には「不二山」と書かれていたという記録がある。これは「二つとない山」という意味だと考えられている。また、富士は「不死」という言葉に通じているという解釈もあり、日本最古の物語・竹取物語にも、帝がかぐや姫から与えられた不死の薬を燃やした場所として登場する。

山岳信仰:ご神体としての富士

日本の国土の3分の2が森林である。日本は1億2500万人の人口を有するが、日本の可住地、つまり人が住める土地の割合は、国土のおよそ30%と非常に狭い。

他国と比べてみても、例えばイギリスの国土の面積は日本の三分の二であるが、一方、可住地は日本の二倍である。そのため、日本人は東京や大阪など人が住める限られた平地や盆地に都市を築いて住み着いてきた。

山に囲まれた土地で生きてきた日本人にとって、古来から山は信仰の対象であった。

山岳信仰は、仏教や神道が体系化される以前のアニミズム的信仰である。山は食や生活必需品を与えてくれる恵みの存在であり、一方、災害を起こすなど恐れるべき存在でもあった。「山を荒らせば崇りがくる」「山が喜べば実りが多い」という感覚が日本人の中にあり、このような山への思慕と畏怖が信仰へ繋がったとされている。

富士は、山そのものが「ご神体」として、信仰の対象であった。現在、山岳信仰は宗教として成立しているとは言えないが、富士をはじめとする数々の山を「パワースポット」として訪れる日本人は多い。

富士山は文学と芸術の題材

信仰の対象であった富士山は、文芸や芸術のテーマとして頻繁に登場する。

例えば、歌聖・山部赤人は「田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ」と詠んだ。雪が積もった富士の姿を詠んだ有名な一句である。百人一首にも収められている。

また浮世絵としても数々の富士山が描かれてきた。

葛飾北斎の『富嶽三十六景』はとりわけ有名である。富嶽三十六景は、富士山を異なる場所や季節、気象条件から描いた36枚の作品で構成されており、特に『神奈川沖浪裏』は海外でも日本を象徴する絵画として親しまれている。

『神奈川沖浪裏』中央後方に富士が描かれている
「凱風快晴」赤富士が描かれている

また、北斎は「凱風快晴」にて赤富士を描いた。赤富士とは、晩夏から初秋にかけての早朝に雲や霧に朝焼けが反射して、富士山が赤系色に染まって見える現象のことである。赤富士は、富士山のとりわけ美しい姿として、多くの写真家や画家を惹きつけている。

また、さらに珍しいダイヤモンド富士も人気である。ダイヤモンド富士は、富士山と太陽が重なり、山頂でダイヤモンドが輝いているように見える景観である。これは、年2回、数日ずつ、特定の場所と気象条件においてのみ見られる貴重な光景だ。

ダイヤモンド富士

竹取物語の「不死の山」

日本最古の物語『竹取物語』にも、富士山は登場する。

竹取物語は世紀の美貌を誇るかぐや姫が登場し、帝をはじめ、数々の貴族の求婚を受けるのだが、かぐや姫は実は人間ではなく月の住人であり、物語の最後には月へ帰ってしまう。かぐや姫は帝へ置き土産として「不死の薬」を渡す。しかし、帝は「かぐやのいない地上で永遠に生き永らえても仕方がない」と言って、地上で最もかぐや姫に近い場所で不死の薬を燃やすように命じる。

帝の命令どおり、月に最も近い場所で不死の薬は燃やされ、その山は「不死の山」つまり富士山と呼ばれるようになった。不死の薬を燃やしたその煙は永遠に空へと立ち上り続けたと物語は締めくくる。

物語がこう記すのは、竹取物語が書かれた当時、富士山の山頂から煙が立ち上っていた、つまり富士が火山活動を行っていたためである。

火山としての富士

現在の富士山は、4段階の火山活動によって形成されたものだと考えられている。

約70 万年前の2回の火山活動によって山が形成され、さらに8 万年前頃から1万5千年前頃までの噴火で火山灰が降り積もり、標高3000m弱まで成長した。さらに、約1万年前頃から溶岩流や火砕流、山体崩壊などの結果、現在の外観を形成したとされている。

最近の大噴火は、約300年前の宝永4年(1707)に起きた「宝永噴火」である。2週間ほど継続した火山活動による降灰により、家屋や倉庫は倒壊または焼失し、食料の蓄えが尽き、田畑も耕作不能になったとされている。用水路も埋まってしまったため水の供給が絶たれ、被災地は深刻な飢饉に陥ったとされている。

富士山はいまだ活火山であり、宝永噴火と同様の火山活動はいつ起こってもおかしくないとされている。

宝永噴火と同レベルの噴火が起きた場合、溶岩流出による避難者は最大約75 万人にのぼると試算されている。30cm以上の降灰が予想される地域の避難対象者は47万人で、偏西風に乗って東京都全域や千葉県の一部でも2cm程度、火山灰が積もると予想されている。

日本一の山を登頂する

現在、わたしはイギリスに住んでいる。渡英前に「日本でしかできないことをしよう」と富士登山を計画した。

富士登山は一泊二日で行うことが望ましい。山頂付近で日の出を見ることを「御来光」と言うが、これが登山客に最も人気である。平成25年にユネスコの世界文化遺産の登録の後、富士登山は人気はますます人気になっている。

富士山は五合目までバスや車で行くことができ、一日目はそこから八合目付近まで登山し、山小屋で一泊する。そして、夜中に山頂へ向かい、山頂で御来光を崇める。これが最も人気な富士登山の楽しみ方である。

富士登山は、プロの登山家でない限り、6月から9月の山開きの間にのみ行うべきである。この期間以外は、雪山で非常に危険である。

山開きの夏の間でも、富士山の山頂付近は冬のように寒いため、しっかりとした装備で富士登山を行うことを奨励する。また、高山病の危険もあるため、登山になれていない場合、ツアーに参加することを強くすすめる。特に子どもは自分の体調をしっかりと伝えることができない場合もあるため、注意が必要だ。

富士の山頂までのコースは複数あり、コースによって難易度が異なっている。体力に自信がない人は初心者向けのコースを、そして御来光を山小屋で見て、日の出後に山頂を目指すのがよい。

わたしは趣味程度に登山を嗜むのだが、日本の山は深く、非常に危険だと感じる。2022年の日本の山岳遭難の件数は3015件、負傷者は1306人。死者・行方不明者は327人である。

前述したとおり、日本は山だらけで、ハイキングがどこでも楽しめ、登山可能な山の数は一生かかっても尽きることがないほど豊富である。しかし、だからこそ、気軽に登った山で遭難してしまうということが大いにあり得る。

富士登山の場合、安全に配慮したツアーが行われているため、観光客はそれらを利用することをおすすめする。ツアーによっては、ガイドや交通手段のみならず、山小屋泊や登山具なども込みで提供されているため、旅程も立てやすい。

わたしも、ツアーを予約し、保険にも加入して、富士登山を楽しみにしていた。しかし、出国前のドタバタで、日本での一泊二日を庶務雑務に費やすことになってしまった。渡英はかなり入念に計画していた人生の大きな一歩であったため、絶対にしくじりたくなかったのである。

そして、心の片隅に宝永噴火がよぎったのも事実だ。こんなに心待ちにしていた渡英の前に富士登山をして、富士が噴火でもして命を落としたとしたら、死んでも死にきれない、と。杞憂だと分かっているのだが、一瞬、その事実が脳裏をよぎった。

2014年に中部地方の御嶽山という山が突如噴火し、死亡者58人、行方不明者5人を生じる大規模な災害となった。御嶽山は初心者でも楽しめる山であるため、軽装備の登山者が多かったことが、被害が拡大した一因として考えられている。

わたしはそこそこの規模の山に登るときには必ず保険に加入し、一度も登ったことがない山の場合は、ガイドまたは経験者と登るようにするか、ツアーに参加するようにしている。山岳信仰ではないが、山を畏れることを忘れてはならない。

Lina (ライター)
早稲田大学卒業後、新卒でフリーランスのライターとして活動をはじめる。現在はサイエンス分野のライター業に専念しつつ、ブログやYouTubeでも情報を発信中。
鹿児島出身、イギリス在住。趣味はテニスと水彩画。
by Lina Japanese Writer/Translator

参考文献

中村義裕『日本の伝統文化しきたり事典

齋藤孝『1日1ページ、読むだけで身につく日本の教養365』

https://www.maff.go.jp/j/heya/kodomo_sodan/0105/19.html https://www.jice.or.jp/knowledge/japan/commentary06 https://ogurasansou.jp.net/columns/hyakunin/2017/10/17/230/ https://www.asahi.com/articles/ASR6H3CJFR6GUTIL02N.html#:~:text=2022%E5%B9%B4%E3%81%AE%E5%B1%B1%E5%B2%B3%E9%81%AD%E9%9B%A3,%E5%A2%97%E5%8A%A0%E3%81%AB%E8%BB%A2%E3%81%98%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%9F%E3%80%82 https://www.sankei.com/article/20150928-OKO2JAHEVFP6XE52HZZK5TGALM/